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籠の道

 

日本の籠について何処まで知り得たであろう。

 

各地の職人を訪ね、教えを乞い、

僅かな知識を得たことは事実であるが、

この程度の仕事ぶりで良いのか自問する。

 

日本の籠を未来に残すために労している等、

大それた事を表することは毛頭ない。

籠そして職人にただただ心惹かれ、

美しい仕事と人を知る喜び、それだけである。

 

しかしながら、少なかれそれを仕事としている。

産地を訪ねる、仕事を見る、話を聞く、文献で調べる。

この程度の仕事ぶり、誰にでも出来るものである。

 

情熱を主として歩んできた道。

一段落したと思い振り返ると、

未だ何も得ていない事に愕然とする。

 

竹の事、植物の事、籠や産地の歴史、

知る事はそれだけではあるまい。

そして、作り手のみ知り得る手の感覚、素材との会話。

幾ら知識を深めたとて、これらを感ずる事はできまい。

その先を進むのであれば、自ら手を動かす必要もあろう。

 

先は長い。おそらくこの生涯では道の終着点に届くまい。

 

山の一号目にも達していない。

その麓に、軽装で近づいたに過ぎない。

2017年1月27日 | かご籠